「春と別れをテーマにした小説の表紙絵を描いて欲しい」
本作品は、そんな出版社からの商業依頼を想定して、しまざきジョゼ氏が描いたものです。
小説の中で別れのシーンがあることを前提とし、春先の別れが訪れたシーンを描いていきます。
ここではインタビューを通じ、どのようにしてこの構図・要素・仕上がりを目指していったかを、紐解いていきます。
自分が描きたかった「見送る人間と見送られる人間」
しまざきジョゼ:小説の仕事は依頼主によって多種多様で、テーマだけというケースもあれば、具体的な場所の指示があるケースなど様々です。 今回は前者で、自由に描いていいという話だったので、自分が描くことが好きな「見送る人間と見送られる人間」というテーマを意識しました。
この2人のシーンを、まずいくつかラフに落とし込んでいきました。
数パターン描いた中で、大きな方向性として2人を描くか、1人を描くか、という選択があることに気付きました。
「別れ」というテーマをそのまま置くと2人の方が説明しやすいですが、小説における具体的なシーンが浮かばない状態で2人の絵を描くと、単にデートしているだけの絵に見えてしまうリスクがあります。
これを避けようと試行錯誤した結果、見送る側の人の心情を重視し、最終的に1人の女性が電車に向かって見送る構図になりました。
「電車に向かって手を振る」という行為そのものが、本来直接顔を合わせてすべき別れを出来ていない、ということを暗に説明していて、面白いと考えました。
ネモフィラは「春の花」と認知されるか
しまざきジョゼ:ここまでで、電車に向けて手を振っている2つのラフに絞り込めました。
ここから悩みどころだったので、自分がやりたいことを一旦棚上げし、受け手がどう思うかを考えるようにしました。
この2案、構図はほとんど同じなので、桜と草原のバランスを描くか、紫の花(ネモフィラ)を強く押し出すかの違いです。
ネモフィラはその色合いからも、別れに伴うノスタルジックな印象を与え、今回のテーマにあってるようにも見えます。しかし、桜とネモフィラの両方があると、画がうるさく、主題がぼやけると思いました。
その場合、ネモフィラだけのイラストを描くという選択肢もあります。
一方、読者の目線で、ネモフィラの表紙が書店に並んだ時、直感的に春の印象を与えるかを考えると、桜の方がよいのではないかと考えました。
こうしたことから、最終的に桜と草原のラフで決定しました。
デザインは、色と形の組み合わせ
しまざきジョゼ:私は、制作全体の中で、ラフに多くの時間をかけるタイプだと思います。 逆に言うとラフが上手くまとまっていれば、あとは粛々と仕上げるだけです。
そこは、絵を描いてるというよりは、画を作り込んでいくデザインの手法に近いと思います。
デザインは、色と形の組み合わせです。
私は、色と形をそれぞれ分割して、仕上げていく手法をとっています。
そのためメイキングでも見られる通り、要素によってレイヤーをかなり細かく分割しながら大きさを変え、また色は一度塗った後で色彩変更を掛けて調整していきます。
最初に色や形をしっかり整える方法もありますが、後から変える前提で進めていったほうが、思い切りがよく結果的に早いと思っています。
一方、メイキングにもある通り、思い切ってレイヤーを統合してしまうこともあります。
これは後戻りできなくすることで自分の中で腹を決める、という気持ちの問題です。
変に手法にこだわらず、基本となるやり方を決めたら、臨機応変にやるといいと思っています。
ちなみに、清書していくときの質感にはこだわっています。
ブラシとしては海外のコンセプトアートの方のブラシを漁ったりはよくしています。
お気に入りは、AdobeのKyle T. Webster氏のブラシ。これは使いやすいです。
ギザギザしているブラシをよく使いますね。
小説の表紙になることを前提とした構図
しまざきジョゼ:このイラストは、女性や桜・列車などの要素を上半分に寄せ、また左上にも空間的な余白を作っています。 これは、小説の表紙になることを前提としているためです。
左上にタイトル、下1/3は帯が巻かれる可能性があり、逆算して女性や桜・列車の配置が決まっていきます。
また、印刷された時に紙面の大きさや、印字による制約を受けるので、その中で空間的な広がりをどう作るかを考えています。
具体的には2つ。
1つは近景と中景と遠景を入れること、もう1つは画面外を意識させることです。
近景と中景と遠景は、それを作ることで奥行き感が出るので、常に意識しています。
今回でいうと、女性が登ってきたであろう山道で近景を表現しつつ、遠景として田、列車、その更に先に山を描いています。
左手から、木陰が指している表現は、画面外を意識させているものです。
また、今回左手から風が吹かせているにも関わらず、桜吹雪が画の全体に舞っていると思います。こうしたことから、自然と画面外に桜があることを想像出来るようにしています。
普遍的な表現に向けて
しまざきジョゼ:私は絵を見ることが好きです。
見た上で、上手な人の表現や工夫を紐解いていくことがとても楽しいと感じます。
見たイラストを自分の中で言語化していくことが一つの訓練にもなっていると思いますね。
時折、自身が絵を描いていない世界線もあったんだろうなと思うことがありますが、例えそうだったとしても、私は他のイラストレーターさんのファンで、同じように絵を見ていたと思います。
そうした絵を参考に、自身が表現したいものを、何らかの手段で創っていたと思います。
そんな中イラストレーターとしての自分は、なるべく普遍的な表現が出来るようになろうと考えています。
絵から風を感じるような空気感、日差しの心地良さなどは普遍的な表現だと思っています。
空気感の表現において影響を受けたのは、はり絵画家の内田正泰さんです。内田さんの作品の普遍性はとても好きですね。
その他にも、イラストレーターの上杉忠弘さんの表現も影響を受けました。
絵を描くということ
しまざきジョゼ:私のイラストは、人の感情に寄せて描くということはあまりありません。感情より、空気感の方にシフトして描きます。 ”作家”ではなく”イラストレーター”。イラストを受注し生産する仕事。極端に言えば、作家性は無くても良いんです。
何かに強い使命感を持ってイラストを描いていると、その使命を達成した時に何も無くなってしまいます。
そういう意味では、20歳頃の私の絵は、「見る人にわかって欲しい」という気持ちがイラストに滲み、いわゆる”エモい”絵になっていきました。今見返すと、メッセージ性が強すぎて疲れてしまいます。
現在では、イラストを見た時に、受け手の想像の余地があり、かつそこに流れる空気が心地良いものを自由に描くように意識しています。そうしたことで、SNSでより多くの人に見てもらえたり、部屋に絵を飾ってもらうことができるようになりました。 また、デザインフェスタにも展示イベントにもコミケにも自由に出ます。自身の絵がどの層でも見てもらえるようになってきたと感じています。
自身が生み出す色と形でどんな感情が伝わるのか、そういったコミュニケーションから何かが生まれればいいんです。
そういう意味で私の作品の一部は、見た人に委ねられています。
しまざきジョゼ イラストレーター。名古屋芸術大学デザイン学科卒。グラフィックデザイナー兼イラストレーターとして4年間デザイン事務所に勤めた後、退社。モラトリアム期間中にSNSに投稿していたイラストが好評を得て『サトミとアオゲラ探偵』(松尾由美/ポプラ社刊)など書籍の装画を手掛けるようになる。優しい色使いで描かれる情感あふれる一瞬を切り取ったイラストが注目を集め、活躍の場を増やしている。 使用ツール:iMac 21.5インチモデル(2019),Cintiq 13HD, Photoshop2021 |
聞き手:MakingLaBo編集部
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